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営業マンの職業病!?「ファントムヴァイブレーション」がもたらす効能

私の心の余裕くらい狭いワイシャツの胸ポケットで、会社用の携帯が揺れた。

小刻みに震えているのが、私の左胸に伝わる振動でわかる。

心臓のすぐ近く。その振動が伝わったように、鼓動が速くなっていく。

うっすら胃酸がこみ上げてくる。とにかく早く、電話に出なければ。

慌てて取り出した携帯の画面を見ると、何も起こっていない。

仕事のミスを責め立てる取引先の名前も、常に私の営業活動を管理している上司の名前も、何も表示されていない。

ただ現在の時刻を伝えるだけの画面を見つめて、私は恐ろしくなった。

私はついに、震えていない携帯の振動まで感じ取るようになってしまった。

私はブラックホールに吸い込まれるような気分になった。

私は追い詰められていた。

営業マンにとって会社用の携帯電話には、いつどんな連絡が入ってくるか分からない。

ありがたい商機に繋がるような連絡はごく稀で、そのほとんどは私へのクレームかお説教のような連絡ばかりだった。

「何かヤバい状況になったり、お前がミスったりした時こそ、俺に早く報告しろ」

そう上司はそっけなく言ったが、私にはそれがなかなかできなかった。

何か重大なミスをしてしまったときに、私は上司に怒られる光景が真っ先に浮かぶ。

どうすれば隠せるだろうか? 

このまま報告せずに、何事も無くやり過ごすことはできないだろうか?

上手くいった試しは無い。

それなのに私の隠ぺい癖は治らない。

すっかり営業部の中で周知の事実となってしまい、私は意図せずにオオカミ少年のようになってしまった。

同期が言う。

「ミスした時は絶対、早く報告したほうがいいって。何より、取引先にどんどん迷惑掛かっちゃうだろ」

「そりゃわかってるんだけどさ、ついつい隠しちゃうんだよ」

「自分の事より、取引先とか上司とか、周りの人のことを考えなきゃダメだろ」

同期の正論に私は打ちのめされた。

わかっちゃいるけど、それができない。そんなまともでどこからどうみても正しいことすら、私にはできない。

私はうまく同期に言い返せなかった。

同期が続けた。

「ミスを隠して対処を先延ばしするなんて、小さい子どもか、ただの動物がやることだよ。本能的にそうしたくなるのは分かるけど、理性がある大人ならそんなことしない」

私は疲れ果てていた。

金曜日の夜に、上司や同期から飲みに誘われる前に、私は職場を飛び出した。

どこに寄り道をするのでもない。

ただ早く、家に帰って一人になりたかった。

家に着き、カバンを投げ捨て、ネクタイとワイシャツを一緒に脱ぎ捨てた。

洗濯籠に放り込む前に、ワイシャツの胸ポケットに入れたままだった携帯が光っていることに気付いた。

恐る恐る携帯を掴んで見ると、そこには「着信あり」の文字が液晶に浮かび上がっている。

画面の右隅には「伝言メッセージあり」の文字。

そのまま放っておく勇気は、私には無かった。

ほとんど震えながら、私はその録音されたメッセージを聞いた。

「Nです。急ぎの用があって電話しました。営業マンなら24時間、電話に出られるようにしてください。分かる場所に携帯を置いておいて、鳴ったら反射的に、ほとんど本能で出られるようにしてください。月曜日に話します。それじゃ、お疲れ様です」

それからというもの、私は携帯への着信に気付かないことを極度に恐れるようになった。

携帯をカバンの中に入れることはしなくなり、必ずワイシャツの胸ポケットかズボンの尻ポケットに入れるようにした。

だからスーツを着ているときの私は、いつも左胸かお尻の片側が膨れている。

「スーツを着る時は、基本的にはポケットに何も入れないんだぞ」

同期がいくら私をバカにするような言いぐさをしても、私にはどうでもよかった。

携帯に出られない恐ろしさのほうが、私の中では余裕で勝っていた。

私は上司の言いつけ通り、24時間、携帯への着信に注意を払い続けた。

いつなるか分からない携帯に、私は四六時中びくびくしていた。

そのせいか、私は携帯への着信を取り逃すことは無くなった。

そうして私は、やがて、鳴ってもいない携帯の振動すら感じるようになってしまったのだった。

その症状はさらに悪化した。

家でくつろいでいる時間も、机の上に携帯を置きっぱなしにした。

振動すれば、机と小刻みにぶつかる大きな音が鳴るので、聞き逃す心配はなかった。

それなのに私は、何も入っていない部屋着のポケットの中で、携帯が振動するのをしょっちゅう感じた。

お腹が空いて胃が動くとき、グーという音とともに内臓がごくわずかに揺れて、それを私は着信と勘違いした。

私の感覚は、どうかしている。

心か頭のどちらか、またはその両方の調子が悪くなっている。

あるはずがないものをあると感じてしまう。

そんな病気があるのだろうか? 

不安に取りつかれた私は、ネットで検索してみた。

「自律神経失調」「強迫性心理症候群」などのワードの中に、「幻肢痛」という不思議な単語が出てきた。

事故や病気で手足を失ってしまった人が、もう無いはずの手足に痛みが走るのを感じることがある。

脳が勘違いを起こす。

心が誤解している。

その結果、そこにあるはずがない痛みを感じ取ってしまう。

私には手足があり、いずれも失っていない。

しかしそのイメージが今の私の状態にしっくりくるのは、脳や心がうっかりしてしまう点で共通するからだ。

幻肢痛ならぬ、幻振動? 英語で言えば幻肢痛はファントム・ペインだから、私の症状はファントムヴァイブレーション。

ググってみたがそんな病名は無いらしい。

上司は言った。

「本能的に電話に出てください」

同期は言った。

「理性がある大人ならそんなことはしない」

私のファントムヴァイブレーションの原因は、本能でも理性でもなく、それ以外の性質が私にあることを教えている気がする。

人間の心には、本能でも理性でもない場所がある。

人類の科学がどんなに発展しても予測のつかない場所がある。

ブラックホールの中心には重力の特異点があって、そこで何が起きているのかは、外からの観測ではだれにも分からない。

そこでは人類が積み上げてきた物理学の法則が通用しない。

誰にも分からないゾーンがそこに残されていることが、妙に嬉しくなった。