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【才能を手に入れる方法】どうすれば凡人から天才へ変身できるか?

才能があると言われている人と、何のとりえもない凡人はよく似ている。

まさに紙一重と言っていいほど、ほとんど変わらない。

僕には何の才能もない。

たとえば私服のセンス、誰かへのプレゼント、仕事上のアイディア、デートのプラン。

アーティストじゃなくてもクリエイターじゃなくても、生活の中で才能やセンスを問われることはとても多い。

その分、自分の才能の無さを思い知らされることがたくさん起こる。

例えば退職する上司に、職場のみんなから一言ずつメッセージを小さなカードに書いて送る。

僕はあれこれ真剣に考える。

周りのみんなはすぐに気の利いた言葉を思い付き、次から次へとメッセージを書き終えていく。

ほとんどの人が書き終わるころにようやく、僕は一生懸命考えたメッセージを書く。

みんなのメッセージはきれいにまとめられて、送別会の場でその上司に渡された。

みんなのメッセージを読みながら、上司は涙ぐんでいた。

いつも明るい上司にとって、その姿をみんなに見せるのは珍しかった。

その後も送別会は続き、二次会の店で上司が僕に言った。

「お前が書いたメッセージ、あれ、適当に考えただろ?」

僕は必死に否定したが、聞く耳も持たず、上司は続けた。

「嘘つけ。だってお前のメッセージ、なんかありきたりだったもん」

僕はショックだった。

退職した上司には、ずいぶん長くお世話になった。

僕がまだ未熟で、右も左も分からない頃によく助けてくれた恩人だった。

そんな上司が退職するのだから、僕は本当に真剣に考えた。

スペースの限られたその小さなカードに、どんな言葉を選ぼうか? 

どんな思いを伝えようか? 

あれこれ考えを巡らせて、結果出てきた答えは、案外シンプルな思いとシンプルな言葉だった。

たしかに言われてみれば、ありきたりな言葉だったかもしれない。

でも、そういう言葉や思いこそ、僕は本当に伝えたいことだったのだ。

だから僕はその言葉を書いた。

でもそれは間違いだった。

僕の上司に対する感謝の気持ちは、見事に伝わらなかった。

同じような間違いを、僕はたくさんしてしまう。

とにかくあらゆる場面で、そんな風に間違ってしまう。

悩んでいるように見える後輩に掛ける言葉。

新たに引っ越した部屋のインテリア選び。

みんなで行く旅行先での観光プラン。

良かれと思ってやったこと、選んだことは大体裏目に出て、毎回僕は落ち込む。

また失敗した……と暗い気持ちになって、自分のセンスの無さに絶望する。

そんな気持ちになるのはとても嫌だ。

辛いし、悲しい。自分には何も成し得ることができず、才能がある人と比べて人間としてとても劣っている気がしてくる。

仕事では部下を持つようになり、年齢も30代にいよいよ差し掛かろうとしている。

そのせいだろうか? 

特に最近、僕は自分の才能の無さが呼び起こす、失敗の数々を味わうことがとてもとても嫌だ。

だから心に決めることにした。

もう二度と、シンプルな言葉を退職する上司に送らない。

もう二度と、落ち込んでいる後輩に「がんばろう」とは言わない。

もう二度と、他の家具とのバランスを考えずにガラステーブルを買ったりしない。

もう二度と、ベタな観光スポットをすべて外した旅行プランを組んだりしない。

そうすれば、少なくとも僕が過去に犯した間違いは、避けることができる。

それを繰り返していったら、どうなるだろうか?

正しいと思いこんでいただけの誤った判断。

それらの間違いを人よりも多く経験し、それを繰り返さないために、何故その間違いが起こってしまったかを毎回きちんと肝に銘じて、二度と繰り返さないようにできたとしたら、僕はどうなれるだろうか?

僕の働く会社の社長は、とにかく感覚で物事を決める。

事前に用意してあったかのように、あらゆることに物凄いスピードで判断を下す。

誰にもマネできない、ある種の才能を持っている優れた経営者に見えるが、社員にとってはその意図が分からず振り回されることも多い。

とはいえ、数十年にわたって会社を引っ張ってきた立派な経営者だ。

僕はある時、興味本位で尋ねてみた。

「どうして社長は、そうやってすぐに判断を下せるんですか?」

社長は即答した。

「過去にいろんな失敗をしてるからだよ。失敗し過ぎて、嫌でも正しい答えが分かっちゃう」

社長が言うように、たくさん失敗を経験した人は、どうしたら失敗するかを覚えると同時に、どうしたら成功するかということも、少しずつ学んでいくのかもしれない、誰だって失敗したり、間違ったりするのは嫌だ。

そんな嫌なことは避けたい。嫌なことがどんどん増えていって、それを避けて避けて避けまくっているうちに、間違っていない正しい道をいつの間にか進んでいるなんていうことが、起こるのかもしれない。

正しい答えに行きつく道のりが迷路だとしたら、その道の才能がある人は一発で正しい道のりを進んで、最短でゴールに到着する。

才能の無い僕は、間違った道を進んでしまい、何度も行き止まりに突き当たっては引き返しを繰り返し、長い時間をかけてようやくゴールに到着する。

そんな僕でも、誤った道をすべて覚えてしまえば、才能がある人のように正しい道が一発で分かるようになれるはずだ。

僕には才能が無い。

しかし、才能がない人でも、才能がある人のようになれる可能性はある。

そのための重要な鍵は「どれだけ多くの間違いを知っているか?」ではないだろうか? 

僕はそう考えている。

その考えが正しいという証拠は、才能が無い無いと嘆いている全ての人たちのこれからに掛かっている。

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