私がこの職業を選んだ理由と今と昔の若者考え方の違いと職場環境の違い

私は子供の頃から父親と釣りに行くのが楽しみの一つであった。

時には大きな魚を釣って帰ることもあり、はじめは料理の本を片手に魚のおろし方からお作りの仕方、焼き物に煮付け色々試しているうちにこんな自分がやっていて楽しい事が仕事になればなんていい職業だろう、とうすうすではあるが感じていたのを覚えている。

就職先は大阪の老舗ホテル、当時は周りにもそれほど大きな建物はなく面接に行ったときもその大きさに圧倒された。

私が就職したのは今から30年前の平成元年、高度成長期の真っ最中でどこの企業も多忙を極め人手不足ではあったが今とは違い若い人がいないわけではなかった。

それもそのはず、私の年代は第2次ベビーブームと言われる世代、私が就職したときも同部課署に同期が5人、会社全体で高卒、専門卒、大卒を合わせると300人を超える新入社員が配属された。

今となっては、その十分の一ほどになってしまったが、それも会社は見込んでいたのか、丁度いい人員配分になっていると思われる。

私が配属されたのは、和食の調理をルームサービスから宴会場での宴会料理、松花堂弁当や懐石料理までを一手に担っていた。

当時のルームサービスは24時間体制でメニューは時間制限のないいつでもメニューに載っているものはすべて食べられるという。

サービスをしていたため、夜中の3時に松花堂弁当や会席御前などがオーダーされることもしばしばあった。

就職当初はさすがに忙しく、毎日朝から晩まで仕事に追われながらもやりがいを感じて仕事をこなしていた。

料理をしていて一番うれしいのがやはり作ったものを誰かに食べてもらい「おいしい」と言われたとき。

それは今でも変わらない自分で作った料理をお客様に食べてもらい、直接言われたときや、アンケート用紙に「料理が最高でした!」

などと書かれていると、やりがいを感じこれからますます自己献身に励み新しい料理に挑戦し続けていきたいと思うときである。

いいことばかり書いてはいるが、やはり調理に世界は甘くない、まだ私が就職したときはハラスメントなるものはなくそこら中で今となってはハラスメントだらけであった時代である、パワハラなど当たり前の時代、先輩には毎日のように殴られていた記憶がある。

ただ、中には数名ほんとに嫌な先輩もいたが当時はコミュニケーションの範囲内でのパワハラもあったのではないかと思う。

これも当人の感受性の違いかもしれないがこの先輩なら許せるがこの先輩から殴られると許せないという面もあったのではないかと思う。

就職して数年がたちあっというまに、バブルが崩壊今までの忙しさが嘘のように職場が静かになった。

ホテル業界は外資系の参入を伴い、大阪ではどんどん大きなホテルが建設され日本企業であるうちのホテルは価格競争の波にのまれることになる。

高度成長期で我が社もその当時は海外にも進出しアメリカなど幅広く事業を展開していったもののバブル崩壊の波を受けて次々に事業を縮小していった。

時には早期退職制度なるものを取り入れ40代後半から退職する人材が多く現れたのも事実である。

同期はもう一人もおらず、しかし、この仕事を(和食の料理人)離れたものはなく、今も各地で料理に関する仕事を頑張ってやっている。

事業縮小した分業績も回復傾向になり、5年ほどは新入社員を入れないときもあったが、後に新入社員も数は多くないものの入れれるように為るまでに回復していった。

新しい店も立ち上げ新しいお客様にも恵まれ、顧客も増えてやりがいを感じていた。

それから数年は時間に流されるように15年たち転勤という大きな節目にあった。

初めての転勤のためかなり動揺したものの新しい環境や、新しい仲間、新しいお客様に出会えたことは自分にとっても大きな事だと思う。

この仕事はほんとに頑張らないと身につかない、きつい仕事ではあるが、料理が好きという大前提があれば頑張ってやっていけると思う。

和食と一口に言えどいろいろで京都の割烹や和風の居酒屋まで料理人もいろいろである、自分がやりたい仕事を誇りを持ってやれば私はいいと思う、いまはホテルでの仕事が抜けられない状態であり(家族やいろいろな問題で)このままもう少し今のまま頑張ろうと思っている。

私が転勤後も数名が新しく入社しまた数名退社していった。今の職場で一人前になれるものもいればねを上げて退社するものもいる。

ただ、ねを上げて退社したからと言ってその人が今後だめになるかと言えばそうではない、この職場が嫌になった理由があるだろうし退社した後自分に合った職場を発見できているひともいる。

ただ、家庭を持つと話は変わってくる、夫婦だけならまだ知らず、子供がいるとなかなか退社、転職とは簡単にいかない。

日本の正社員は終身雇用というすごく恵まれた職場環境にあり我が社でもアルバイトまで5年を過ぎればよっぽどのことがない限り自動継続の終身雇用になる。

一昔前まで料理人の世界では「渡り歩いてなんぼ」という古風な考え方もあった。

確かに若いうちに色々と渡り歩き色々な料理を勉強し自分に合った部分だけを習得したら次に行くその考えは確かに自分の世界が広がると思う。

しかし、この先を考えたら、10年後20年後の日本を考えたら自分が働けなくなったときのことを考えると毎月の定期収入や退職金などを含め老後の蓄えを蓄積するだけの財力を持っていればの話である。

最終的には定年後も働ける体力があり、そこそこ財力もあればこじんまりとした小さな和食のお店がほしいと思う。

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